島のものIsland Products

八重山諸島では2種類のマメ科の藍植物が栽培されていて、これを用いて藍が作られ、主に織物の糸を染める染料として受け継がれてきました。現在、この地で作られる藍を「八重山藍」と呼び、南の島の夜の海や空を連想させる色からは、静かで神秘的な美しさが感じられます。

藍染工房の島藍農園は、石垣島の自然の中でマメ科の藍植物「ナンバンコマツナギ」を育て収穫し、原料の加工を行い、沈殿藍を製造しています。作りためた沈殿藍を使い、通年で染め作業を行っています。

ここでしか出来ないものづくり

島藍農園代表の大濵豪(おおはま つよし)さんは、幼い頃から祖母や母が携わる「ミンサー織」を身近に見て育ちました。小学校卒業後に石垣島を離れ、長崎、東京で中学と高校を卒業後、京都の短大で染織を学び26歳で石垣島に帰島。

藍畑

大濵さんは、「ここでしか出来ないものづくり」を模索していく中で、島の様々な天然繊維や天然染料に触れました。そこで、ほぼ途絶えかけていた島の藍染を盛り上げようと心に決め、2002年に畑を入手し、小さいながらも栽培から一貫して行う藍染工房「島藍農園」を開園しました。

「畑との出会いから開園まで全てがスムーズに進み、まるで何かに導かれているような、自分のやるべきことを後押しされているような感覚でした。今振り返ってみるととても不思議です」と笑顔で話す大濵さんの手は藍色に染まっていました。

自然と共に生きる

島藍農園の作業は、島の恵まれた自然の中で化学肥料や農薬を使わずに藍植物を育てるところから始まります。

ナンバンコマツナギの葉

主に5月〜10月の夏場にナンバンコマツナギを収穫し沈殿藍を作ります。この期間は、亜熱帯地方の八重山諸島に多くの台風が襲来する時期でもあり、その影響で収穫量が減ってしまう年もあります。自然と共に一喜一憂しながら、染めてつくる日々です。

「自然の色との暮らしは、少しだけ手間の掛かることもありますが、きっと生活の質の向上に繋がります。私たちは自然の色を通して、皆さまの心と身体が健康でいられるようお手伝いしたいと思っています」

沈殿藍への加工

収穫した枝葉を水に漬け込みます。一定時間漬け込み、藍の色素が溶け出た液に、石灰を入れて撹拌します。しばらく静置すると藍色の沈殿物が底に生じます。上澄みを取り除くと、藍色のペースト状の沈殿藍が出来上がります。

藍を建てて染める

この泡は「藍の華」と呼ばれ、染料の健康状態を把握する為のバロメーターの役割となっています。

貝灰や木灰をアルカリ剤に使い、天然発酵により藍を建て、藍の状況を日々観察しながら染め作業を行っています。島藍農園では、自然環境の保全、共存を目指し、持続可能な仕事であり続けるために薬品類を使用しない手法に拘っています。

「八重山藍」

八重山の藍は、ある頃から「インド藍」と呼ばれるようになり、(「インド藍」とは、インドから輸入されている藍染の染料名<商品名>)いつの間にか植物名とも混同され植物図鑑などでも紹介されるようになりました。

「このような間違いを正さなければ、輸入されている染料を使用していることと誤解されてしまい、この島で古くから伝わる藍染の価値を下げてしまうことになるのでは」という憂慮から、地域の染色従事者たちと議論を重ね、地域名称としてこの先しっかりと盛り上げていくために「八重山藍」と名付けました。

古着を藍染してアップサイクルする

島藍農園では、「紺屋service」(UPCYCLE from White to Navy) と題して古着を八重山藍で染め直し、再び活用してもらうサービスを行っています。暮らしの中に藍染を気軽に取り入れることができ、古着をアップサイクルすることでサステナブルな暮らしに繋がる現代に合ったサービスです。

暮らしの中に藍染を

島藍農園では、洋服やスカーフなどの他に、バッグや財布、キーホルダーなど、毎日の暮らしの中に自然と溶け込む藍染アイテムが揃っています。

藍染の財布

今後の目標

「この仕事を『一生やり続けること』を念頭に、『人が人らしくある為に、藍染(藍色)が必要である』と信じ、それを立証していくことが今後の目標です。紀元前3000年も前から藍染が存在し続けていることには理由があると思うし、そこには人に必要な何かが宿されているのだと僕は信じています」

プロフィール
大濵 豪(おおはま つよし)
1972年石垣市生まれ
幼少期より、祖母や母が携わる「ミンサー織」を身近に育つ。
小学校卒業後島を離れ、長崎・東京で中学・高校時代を過ごし、京都の短大で染織を学んだ後、26歳で帰島。2002年に畑を入手して、小さいながらも栽培から一貫して行う藍染め工房「島藍農園」を開園。
「人が人らしくある為に、藍染(藍色)が必要である」を生涯通して立証していく。
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